2017年4月14日金曜日

2017年4月11日 1時間半で分かるアメリカのシリア空爆(発表要旨修正版)

2017年4月11日 イベントバー・エデン
「1時間半でわかるアメリカのシリア空爆」
同志社大学客員教授 中田考
前置き
(1).事実
 6日夜(日本時間7日午前)、米駆逐艦がシリアのシュアイラート空港にトマホーク59発を発射
 * 米発表58発命中、シリア発表23発命中
 * 2014年以来シリアに対する7889回目の空爆。シリア政府軍に対して初めてというだけ。
(2).背景
 4月4日のイドリブでの化学兵器の使用 子供を含む100名弱が死亡
 * 化学兵器の使用は初めてではない。3月にも。そもそも2013年以来オバマの警告を無視し化学兵器使用を続け2014年には専任以上を殺傷。しかしロシアの反対で攻撃できず。
(3).米国の行動
 トランプはアサドによる化学兵器による空爆と断じて、化学兵器を積み込む空軍基地としてシュアイラート空港を空爆し化学兵器貯蔵庫と飛行機を破壊
 * 滑走路は破壊せず → 翌日から出撃
(4).事前の準備
 トランプは空爆前にロシアに通知
 * ロシア兵、シリア兵に犠牲者なし

1.歴史的背景 
 シリア・アラブ共和国 1961年アラブ連合共和国から独立 1963年革命によりバアス党(ハーフィズ・アサド)政権成立(アサド一族、イスラーム教シーア派の中の異端ヌサイリー(アラウィー派))
 1967年、第三次中東戦争でイスラエルに敗れゴラン半島を失う
 1980-1988年のイラン・イラク戦争ではイラクと同じバアス党政権にもかかわらず、アラブ連盟諸国の中で唯一、非アラブのイランを支援(今日に至るまでのイランとの同盟関係の元に)
 冷戦時はエジプト、リビア、チュニジア、アルジェリア、イラク、イエメンなどと共にアラブ社会主義諸国として共産主義陣営に属すがソ連の崩壊(1991年12月25日)で後ろ盾を失う
 1991-1992年の湾岸危機ー湾岸戦争において、アラブ社会主義諸国の中で唯一多国籍軍に参加
 ソ連崩壊後、、CIS諸国以外で唯一ロシアの軍事施設が残存
 2000年ハーフィズ・アサドが死に息子のバッシャールが大統領就任
 2011年アラブの春の余波で内戦勃発 2013年にはラッカが陥落し、アサド政権は首都ダマスカスなどのわずかな支配地を残すのみとなる
 2014年6月ラッカを首都にイスラーム国(IS)成立

2.アメリカの国内事情
* トランプVSヒラリー 一国主義VS国際主義
 アサド政権打倒を掲げたオバマ前大統領、ヒラリー候補に対し、ISとの戦いにアサドと共闘の可能性さえ示唆していた 180度の転換、なぜか? 
* オバマ政権2012年 二正面戦略の放棄・アジア(極東)重視(=中東からの撤退)
今回のシリア空爆(直接介入)は、一国主義の転換どころではなく、オバマ以来の二正面戦略放棄の転換のサインでもあるのか?
* 政権内のパワーバランスの変化:一国主義オルタナ右翼→国際主義+軍人
 フリン安保担当補佐官解任、バノンNSC(国家安全保障会議)中枢から排除
 娘婿クシュナー(ユダヤ教正統派、国際派)、マティス(軍人)らが中枢に
(4月6日リーベルマン国防相アサドの化学兵器使用100%確実と発言)
* ロシアのスパイ疑惑 フリン解任 対露強硬派マティス大将国防長官登用
 ロシア・スパイ疑惑を払拭するためにもロシアに対して強硬姿勢を取らざるを得ない 

3、中東の複合対立
* 宗派対立:世俗vs宗教 → イスラームvsユダヤ教(シオニスト、正統派、超正統派)、キリスト教、ヤジーディー → スンナ派(伝統派vsサラフィー(→サラフィー・ワッハービーvsサラフィー・ジハーディー)vs改革派(ムスリム同胞団))vsシーア派(12イマーム派、ヌサイリー・アラウィー派、ザイド派)
* 民族対立:アラブ人、ユダヤ人、トルコ人、ペルシャ人、クルド人
* 国家対立:サウジアラビア、トルコ、イラン、ロシア、レバノン、イスラエル、イラク
* シリアの同盟国:ロシア(ソ連以来の勢力圏、軍事基地確保地政学的重要性、国内のムスリムへの影響の恐れ、、独裁者同盟)、イラン(シーア派(反スンナ派)の宗派的同盟、レバノン(ヒズブッラー支援)への不可欠の通路)、エジプト(反宗教、世俗主義軍事独裁者同盟) 呉越同舟
* シリアの敵:トルコ(スンナ派伝統主義、改革主義、しかし当面の主要敵はクルド、ギュレン運動)、サウジアラビア(サラフィー主義(反シーア))、欧米(人権、反独裁??)、イスラエル(領土紛争、シオニズム)
* トルコの敵のクルド(テロリスト組織)を米、ロシアが支援 
* シリアの同盟国イランはアメリカの『テロとの戦い」の主要敵だったが、イランを主要敵とするISとアルカーイダが主要敵となり、三つ巴に
* 1月23-24日のアスタナ和平体制(トルコ、ロシア、イラン)崩壊(元々反体制派は署名拒否)

4.国際関係
* 西欧(米)の覇権の交代により、非西欧(中国、ロシア、インド、イスラーム)文明の再編状況
* 中華人民共和国、ロシア共和国が清帝国、ロシア帝国という世界帝国の継承国家として、西欧文明(とその世界帝国としてのアメリカ)に挑戦
* 文明の再編状況において、中核国家を欠くイスラーム文明において、トルコ(スンナ派伝統主義/改革主義連合)、サウディアラビア(+イスラーム国)(スンナ派サラフィー主義)、イラン(シーア派)が競合 ー イスラーム文明再興の障害(イスラーム主義vs(欧化)世俗主義)、
* トランプは国際介入主義のヒラリーに対して孤立主義のレトリックを用いたが「世界の警察官をやめる」というのはオバマの外交指針の継続でしかない。むしろ「アメリカの栄光を取り戻す」と軍事力増強こそがトランプの示差的特徴。
* トランプは、ロシアと中国の覇権拡大を容認せず、イラン、北朝鮮、イスラーム国の打倒を目指す

結論 トランプのシリア空爆とは何だったのか
* ロシアのメンツをつぶし挑発することになるにもかかわらず、シリア政府が化学兵器を使用したと断定し、国際法を無視して(国連の決議を経ずに)、攻撃したことは、トランプ政権のアメリカが今後も覇権を軍事力によって維持する、との重大なメッセージ。
* 空爆はロシアに事前に通告しており軍事的効果は極めて限定的(ほとんど皆無)
* そもそも化学兵器による犠牲者(最大でも累計2000人以下)はアサド政権が殺害した民間人20万人の中で無視できる数字であり、空爆がアサド政権に化学兵器の使用をやめさせることに仮に役立ったとししても戦局に影響は与えない→ シリア空爆はシリア人のためではない。
* 誰のためか?
 サウジアラビアのため?(3月16日ムハンマド皇太子米国訪問巨額投資、8日サルマン国王に電話報告)
 イスラエルのため?(バノンVSクシュナー、3月16,17日パルミラ近郊のシリア軍基地空爆)
* 誰のためでもなく、アメリカが人道を守る正義の警察である、とのイメージの再確立のため
* アメリカ(トランプ)は国連決議、国際法、地域大国(覇権挑戦国)に拘束されない、との決意(事実)の証明という象徴的意味
* 本当の狙いは極東:北朝鮮の無力化(それ自体が中国への警告)
 ティラーソン国務長官が9日「シリア空爆は北朝鮮への警告(同時に中国へのメッセージ)」
 ティラーソンはすでに3月17日の韓国訪問で「これまでの戦略的忍耐政策は終わった。軍事行動を含めて全ての選択肢がテーブル上にある」と発言
* カールビンソンなど攻撃空母群を朝鮮半島に展開
* アフガニスタンで非核兵器としては最大の破壊力を有する「全ての爆弾の母」爆弾を使用の示威行為
* シリア空爆は、トランプがオバマと異なり単独軍事行動を行う意思と能力を持つことを実証
* 北朝鮮への軍事オプションが口先だけの威嚇でないとの警告のメッセージ
* 但し警告(恫喝)はあくまでも警告(恫喝)であって、直ちに軍事行動を取る可能性は低い
* シリアでも、ロシアとの本格的な軍事衝突を招かないよう空爆は被害を極小化した象徴的なものに
* (ウクライナ問題を抱える)ロシア、中国という地域大国の覇権拡大の抑制を見据えた北朝鮮への恫喝の駆け引きの道具にシリア空爆は使われた。
* 鍵を握るトルコ。アメリカのシリア空爆でも蚊帳の外。今後もNATOの一員でありながらロシア、イランと組み続ける綱渡りを続けるか、サウジの意を受けて再びアサド排除のレトリックに立ち戻ったアメリカとの同盟に復帰するか(アメリカにクルド独立派勢力と絶縁する意思が見られない以上それも困難)難しい舵取りを迫られる。